東京高等裁判所 平成11年(行ケ)143号 判決 2000年9月27日
原告
秀工電子株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
渡邊敏
同弁理士
【B】
被告
有限会社ユア開発
代表者代表取締役
【C】
訴訟代理人弁護士
岡田春夫
同
小池眞一
同弁理士
【D】
主文
特許庁が平成10年審判第35488号事件について平成11年3月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「遊技設備」とする特許第2037742号発明の特許権者である(以下、この特許を「本件特許」という。)。なお、本件特許は、昭和58年11月15日にした特許出願(特願昭58-215656号。以下「原出願」という。)の一部を、平成4年5月29日に分割して新たな出願(特願平4-137373号。以下「分割出願」という。)とした上、平成8年3月28日に設定登録されたものである。
原告は、平成10年10月9日、本件特許の無効審判を請求し、特許庁は、この請求を平成10年審判第35488号事件として審理した上、平成11年3月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年4月26日原告に送達された。
2 本件特許に係る特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨
複数の遊技台(A)を横方向に並設して構成される遊技台列に、紙幣(a)をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列前面側から受け入れて識別し、かつ、識別した紙幣(a)をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列背面側に送り出し可能な複数の遊技用貸機(B)が当該遊技台列に沿う方向で設けられているとともに、前記遊技用貸機(B)の各々から送り出された紙幣(a)を挾持してその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置(D)が前記遊技台列の背面側に設けられ、前記遊技用貸機(B)から送り出される途中の紙幣(a)を横方向に屈曲させて前記搬送装置(D)による挾持位置に案内する案内部(6A,6B)が設けられている遊技設備であって、前記遊技用貸機(B)の各々と前記搬送装置(D)とが、前記遊技用貸機(B)の各々に受け入れた紙幣(a)が一定の高さ位置に沿って前記特定位置まで移動する状態で設けられている遊技設備。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)の主張する無効理由1、2(後記第3記載の取消事由1、2と同旨)はいずれも理由がないとして、本件特許を無効とすることはできないとした。
第3原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本件発明の要旨の認定(審決書2頁3行目~3頁13行目)並びに実公昭56-30943号公報(甲第6号証、以下「引用例1」という。)、特開昭56-95079号公報(甲第16号証、以下「引用例2」という。)、特開昭53-3399号公報(甲第11号証、以下「引用例3」という。)、特開昭53-13998号公報(甲第3号証、以下「引用例4」という。)、実公昭58-6823号公報(甲第12号証、以下「引用例5」という。)及び特開昭55-30726号公報(甲第9号証の1、以下「引用例6」という。)(以上の書証番号は、審判及び本訴を通じて同一である。)の記載事項の認定(審決書7頁1行目~10頁12行目)は認める。
審決は、本件発明が上記各刊行物に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたとはいえないとの誤った判断をし(取消事由1)、また、本件発明が原出願時の明細書又は図面に記載された発明でなく、したがって、出願日が原出願日に遡及しない不適法な分割出願であるのに、本件発明は原出願時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内であるとの誤った認定判断をした(取消事由2)結果、本件特許を無効とすることはできないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)
審決は、「甲第6、16、11号証刊行物に記載された事項と甲第3、12、9-1号証刊行物に記載されたカード類、紙幣の搬送に関する事項とを組み合わせたとしても・・・本件発明の課題を解決する上での構成事項である『紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れて、その姿勢で遊技台列の背面側に送出し、さらに案内部により横方向に屈曲させて挾持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とすること』(判決注・以下「本件発明の構成1」という。)及び『遊技用貸機と搬送装置が遊技用貸機に受け入れた紙幣が一定の高さ位置に沿って特定位置まで移動する状態で設けられていること』(判決注・以下「本件発明の構成2」という。)については予測されるものでない」(審決書16頁17行目~17頁10行目)として、本件発明は進歩性を欠くものではないと判断するが、以下のとおり誤りである。
(1) 引用例1について
従来は、パチンコ機列内の所々に配置された自動玉売機の硬貨貯留部を開き、中に溜まった硬貨の回収をしていたため、自動玉売機の配置数を増やすとその回収作業に手間取るという技術的課題があったが、引用例1記載の発明(パチンコホールにおける自動玉売機からの硬貨回収装置)は、この技術的課題を解決するために、パチンコ機列の背面に送り出される硬貨を導出樋と集合路によって硬貨をその平面が上下方向に沿う姿勢で、パチンコ機列に沿って合流搬送し、一括回収するという構成を採用したものである。これによれば、硬貨と同じ通貨である紙幣についても、パチンコ機列の背面で合流搬送し、一括回収することの起因又は動機付けとなり得るものであるから、この点について、審決が、引用例1(甲第6号証)記載の発明は「紙幣の場合にも、受け入れから搬送装置による搬送まで、紙面を上下方向に沿う姿勢に維持することを示唆するものではない」(審決書12頁17行目~20行目)と認定判断したことは誤りである。
(2) 引用例2について
引用例2(パチンコ機の管理制御装置)には、複数のパチンコ機を横方向に並設して構成されるパチンコ機列において、パチンコ機に隣接して設けられた賞ボール貸機の前面側の硬貨投入口から上下方向に沿う姿勢で受け入れた硬貨を、識別の上、パチンコ機列背面側に送り出し、当該パチンコ機列に沿ってキャッシュボックスまで合流搬送するための、水平な載置面を有するベルトコンベアによる搬送装置が開示されているほか、硬貨に代えて紙幣を使用することも明示されている。そうすると、引用例2記載の発明が、前述したように、遊技台列の背面側に、各自動玉売機から送り出される硬貨を導出樋と集合路によって、硬貨をその平面が上下方向に沿う姿勢で、遊技台列に沿って回収タンクまで合流搬送する搬送装置を設けて、硬貨を一括回収する構成を採用している以上、引用例1を引用例2に適用すれば、本件発明の構成1を示唆するものといえる。
(3) 引用例3について
引用例3記載の発明(自動交換装置)は、例えばパチンコ遊技場において、紙幣等の鑑別機を別に設けて、複数の自動交換機(自動玉貸機)で鑑別機を共用するようにした自動交換装置に関するものであり、複数のパチンコ台を横方向に並設してパチンコ島を構成し、パチンコ台の隣接間のうちの特定箇所に、紙面を上下方向に沿う姿勢で受け入れる紙幣投入機が設けられ、投入口から上下方向の姿勢で投入された紙幣は、取り込み用ローラで取り込まれて、紙幣投入機下部に設けられた金庫に送り出される遊技設備であるから、引用例1に記載された従来の自動玉売機と同様に、各金庫からの回収作業に手間取るという技術的課題があることは明らかである。そうすると、引用例1に接した当業者において、引用例3記載の自動玉貸機における各金庫内からの紙幣の回収作業に手間取るという技術的課題を認識し、これを解決するために、引用例3記載の発明についても、引用例1と同様に、パチンコ台(遊技台)列の背面側に、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を、パチンコ台(遊技台)列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置を設け、これによって紙幣を一括回収することは、容易に想到し得るものである。すなわち、本件発明の構成1は、紙幣を上下方向に沿う姿勢で受け入れる構成を示す引用例3と、紙幣と同様の通貨であって薄板状態のものである硬貨について、その平面を上下方向に沿う姿勢で案内部により横方向に屈曲して搬送装置に合流して、上下方向に沿う姿勢で搬送していることを開示する引用例1により十分示唆されている。
(4) 引用例5について
引用例5記載の発明(紙幣の搬送装置)には、紙幣払出機等に関し、紙幣送出部から特定位置(払出台8)まで紙幣をほぼ一定の姿勢で挾持して合流搬送するという技術的事項が開示されている。そして、パチンコホール等の遊技設備と銀行等の紙幣払出機は、ともに紙幣を含む現金を取り扱うことで共通し、紙幣を搬送する場合の機能・作用としては同様のことが要請されるから、引用例5に開示された紙幣搬送装置をパチンコホールの紙幣搬送装置に採用することに困難性があるとはいえないところ、引用例5に開示された搬送装置では、紙幣の送り出しから特定位置までの搬送の間、紙幣の両面は、特に理由のない限り、水平方向に関して一定の位置で移動するよう設計されている。そして、この搬送装置は、紙幣が落下しないように紙幣の両面を挾持して搬送するものであるから、上方向に搬送する場合に代えて、水平方向(横方向)に搬送する場合でも、これを困難とするような技術的理由は認められず、本件発明のように紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で搬送する場合にも適用可能である。
これに、遊技台列前面側の縦長の投入口において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れ、これを遊技台背面側に送り出すことを実質的に開示する引用例2を組み合わせれば、本件発明の構成1は、当業者にとって容易に想到できるものである。
この点について、審決が、引用例5(甲第12号証)記載の装置は、「紙幣を受け入れてそれを送り出し搬送するものでなく、まして、紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で前面側から受入れて、その姿勢で背面側へ送出し屈曲させて挾持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とし、かつ受け入れた紙幣が一定の高さ位置に沿って払い出し位置まで移動することを示唆することもない」(審決書15頁17行目~16頁4行目)と認定判断したことは誤りである。
(5) 引用例6について
引用例6記載の発明(現金一括処理システム)は、紙幣の向きを変更して、挾持搬送する搬送ベルトから特定位置である窓口ステーションに更に向きを変えて搬送するものであるが、紙幣を上下方向に沿う姿勢で前面から受け入れてその姿勢で背面に送り出すようにすることは設計変更の可能な事項である。また、引用例6は、紙幣の出金方式に適用されたものではあるが、装置の駆動を反対方向にすれば、紙幣の入金方式の縦搬送になるのであり、このように機械の駆動を反対方向にすることは設計事項である。
この点について、審決が、引用例6(甲第9号証の1)記載の発明は「紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で前面側から受入れて、その姿勢で背面側へ送出し、屈曲させて挾持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とし、また複数の現金払出機1と搬送装置が、受け入れた紙幣を一定の高さ位置に沿って移動させることを示唆するものでもない」(審決書16頁10行目~16行目)と認定判断したことは誤りである。
2 取消事由2(分割出願の違法性)
分割出願時の明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された下記事項は、原出願時の明細書(以下「原明細書」という。)又は図面(以下「原図面」という。)に記載された事項とはいえないから、分割出願は不適法であって、その出願日は原出願時に遡及することなく、分割時である平成4年5月29日となる。したがって、本件発明は、原出願の公開公報である特開昭60-106744号公報(甲第19号証)により新規性を喪失し、無効とされるべきものである。
(1) 「特定位置」について
本件明細書(甲第21号証)には、紙幣の搬送先として「特定位置」との記載(同4欄18行目、25行目、5欄17行目、41行目、50行目)があるが、原明細書及び原図面(甲第18号証)には「特定位置」という記載はなく、紙幣の搬送先としての「回収部」(同2頁13行目)及び「収納部(C)」(同5頁18行目、11頁14行目、第2図)との記載が、本件特許ではこれより広く範囲の不明確な「特定位置」に変更されたものである。
この点について、審決が、「本件発明における『特定位置』は、特許請求の範囲の記載からして、紙幣の搬送先であって特定された位置であることが明らかであり」(審決書20頁19行目~21頁1行目)、「したがって、原明細書及び原図面には、紙幣の搬送先である位置が特定された位置として記載されており、本件発明における『特定位置』は、原明細書又は原図面に記載された事項である。」(同21頁13行目~16行目)と認定判断したことは誤りである。
(2) 「案内部」について
原明細書に記載されている「前後一対のガイド板」(甲第18号証9頁11行目~12行目)に相当する部分が、本件明細書において、それより大きな概念である「案内部」(甲第21号証1欄13行目等)に拡大変更されている。
この点について、審決が、「原明細書及び原図面には、遊技用貸機から送り出される途中の紙幣を横方向に屈曲させて搬送装置による挟持位置に案内する案内部が記載されており、本件発明における『案内部』は、原明細書又は原図面に記載された事項である。」(審決書23頁6行目~10行目)と認定判断したのは誤りである。
(3) 「作用f」について
本件明細書には、「作用f」として「遊技用貸機の据え付け位置にかかわらず、遊技用貸機からの紙幣の送り出し高さと搬送装置による紙幣の搬送高さとを一定化できる」(甲第21号証5欄26行目~28行目)との記載があるが、原明細書及び原図面には、このような作用を示す記載はない。
この点について、審決が、原明細書及び原図面の記載を理由として、「本件発明の作用である『遊技用貸機の据え付け位置にかかわらず、遊技用貸機からの紙幣の送り出し高さと搬送装置による紙幣の搬送高さとを一定化できる』事項は、原明細書又は原図面に記載された範囲内のものである」(審決書25頁15行目~20行目)と認定判断したのは誤りである。
(4) 「作用g」について
本件明細書には、「作用g」として、「遊技台列に設けた複数の遊技用貸機と搬送装置の搬送路との水平方向の相対位置を、据え付け精度上或いは配置上の理由等で、一定にできない場合でも、紙幣を遊技用貸機から搬送装置に受け渡し易い」(甲第21号証5欄29行目~32行目)との記載があるが、遊技用貸機と搬送装置の水平方向の相対位置を一定にできなければ紙幣の受け渡しに支障をきたすのであり、作用gとして記載された事項は、論理的に誤った記載である。
この点について、審決が、「本件発明の前記作用gは、この構成により当然生じる自明なものであり、原明細書又は原図面に記載された事項の範囲内のものである」(審決書26頁14行目~17行目)と認定判断したのは誤りである。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 取消理由1(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用例1について
引用例1には、遊技台背面側で合流搬送すべき具体的な技術的手段に関して、紙幣と異なり、円形で一定の厚みがあり一定の重さを有して形状の安定した硬貨の特性及びこのような特性を持つ硬貨に固有に適用される自然法則を利用した硬貨の転動ないし滑り落ちによる移動技術に関する発明が開示されているにすぎない。その際、硬貨が上下方向に沿う姿勢となるのは、硬貨を転動させるためであって、搬送スペース上の解決すべき課題を示唆する記載もない。
したがって、審決が、引用例1(甲第6号証)は「紙幣の場合にも、受け入れから搬送装置による搬送まで、紙面を上下方向に沿う姿勢に維持することを示唆するものではない。」(審決書12頁17行目~20行目)と認定判断したことに誤りはない。
(2) 引用例2について
引用例2においては、その第1、第2図が図示する硬貨が横に寝た姿勢で返却を可能とする硬貨返却口51、終端が急激にへの字状に折曲された取込樋49のいずれも紙幣を使用することができないものであり、その他の記載を検討しても、引用例2には紙幣を使用する場合の具体的構成の記載がないことは明らかである。なお、同刊行物には、硬貨を使用することに代え又はこれとともに紙幣を使用することの記載があるが、本件特許の出願当時には、紙幣を自己収納するタイプの玉貸機が唯一知られていただけであるから、このような出願当時の技術水準に従ってみれば、紙幣を使用する場合とは、紙幣を自己収納するタイプの賞ボール貸機が用いられると解するのが限度である。
仮に、引用例2より、「遊技台列の背面側に送出された紙幣は水平な載置面を有するベルトコンベア上に落下されて載置され搬送されることになる」との事項が抽出されるとしても、本件発明では、紙幣を回収するシステムの設置スペースを小さなものとするために、遊技用貸機が上下方向に沿う姿勢で受け入れた紙幣を上下方向に沿う姿勢を保ったまま送り出し、紙幣の可撓性を利用して横方向に屈曲させ、遊技台列背面側で紙幣を上下方向に沿う姿勢で挾持して搬送するとの技術的思想に加え、遊技用貸機と搬送装置の据え付けを容易にするため、遊技台、遊技用貸機、搬送装置という独立した装置を組み合わせることにより構成される遊技設備において、複数の遊技用貸機に受け入れられた紙幣が特定位置まで搬送される間、すべて一定の高さ位置となるように、複数の遊技用貸機と挾持搬送装置との設置の関係が保たれていることに特徴がある。したがって、引用例2に示されていないこのような相違点は、紙幣の取扱いに関する技術的事項を開示する他の引用例を組み合わせても、当業者が容易に想到することができないものである。
(3) 引用例3について
引用例3には、紙幣を自己収納する自動玉貸機が記載されているが、受け入れた紙幣を自動玉貸機ごとに個別回収することによって生ずる技術的課題に対する問題意識が何ら記載されていない。したがって、本件発明の構成1が、引用例1及び引用例3に示唆されている事項であるとの原告の主張は失当である。
(4) 引用例5について
引用例5記載の発明は、装置内部に貯留した異なる金種の紙幣を、必要な枚数だけ取り出して上方の振出台に払い出す紙幣払出装置に関するものである。同刊行物の記載のうち、複数の給送部分から送出される紙幣を途中で合流させて挾持搬送するという技術的事項は、外形的には本件発明の構成1に類似するとはいえても、技術分野が異なる本件発明では、複数の遊技用貸機からランダムに投入される紙幣を遊技設備における水平断面に狭く上下方向に広いスペースを有効利用して特定位置まで合流搬送させるという技術的課題に関するものであるから、引用例5に開示された上記技術的事項を適用することの起因ないし契機(動機付け)となるところがないというべきである。
(5) 引用例6について
引用例6には、確かに、紙幣を挾持して搬送する搬送体を短距離の個別ベルトと組み合わせて構成することにより、挾持搬送装置の外側に紙幣を導くという技術的事項が開示されていると評価することができる。しかし、これは紙幣搬送においてスペースを極力小さくするという技術的課題を有しないものであり、しかも、その目的が、本件発明とは逆の、紙幣を所望の窓口に分配するということにあるのであるから、本件発明のように、紙幣を上下方向に沿う姿勢で挾持して搬送する途中に複数の開放部分を設け、複数箇所からの外側から紙幣を合流させるという課題解決手段としての構成は何ら示すところがない。
(6) 以上のとおりであるから、上記各引用例を組み合わせても、本件発明の課題を解決する上での構成事項について予測されるものではないとした審決の認定判断に、誤りはない。また、仮に、構成事項のみを単独で検討した場合に、本件発明の構成1、2を採用することが予測可能であるとしても、これらの構成に基づく格別の作用効果(審決書17頁14行目~20頁9行目)をも考慮すれば、容易相当性に係る審決の判断が左右されるものではない。
2 取消事由2(分割出願の違法性)について
(1) 「特定位置」について
原明細書(甲第18号証)の特許請求の範囲には、「①・・・薄板状体(a)を上下姿勢で挟持して一定経路(4)に沿って搬送する挟持搬送機構(5)が設けられ・・・」(1頁5行目~8行目)と記載されているから、挟持搬送機構が薄板状体をいずれかの場所からいずれかの場所に移動させるとの構成が上位概念として明記されており、さらに具体的には、「紙幣を遊戯台列の一端側に設けた回収部に搬送する」(同2頁12行目~13行目)との記載によって、遊技台列背面側にて紙幣を合流させ台列一端に設けた収納部(C)まで搬送するという下位概念たる技術的事項が示されている以上、原明細書において、遊技台列に沿って複数の遊技用貸機から送り出される紙幣を合流搬送して遊技台列に沿った特定の場所にまとめるという技術的事項が記載されているのは明らかである。
(2) 「案内部」について
原明細書(甲第18号証)の「前記紙幣供給口(6)は、・・・送出し紙幣(a)を次第に挟持搬送経路(4)に沿った姿勢に変更して下手側搬送機構(5)の始端部に案内する前後一対のガイド板(6A),(6B)を設けた」(9頁7行目~12行目)との記載に、原図面第4図も参酌すると、原明細書及び原図面には、紙幣を挟持して搬送する搬送装置に紙幣を供給する機能を有する「案内部」との上位概念と、その具体的な手段である「前後一対のガイド板」がその機能も含めて明確に記載されている。
(3) 「作用f」について
原図面第1~第3図からすると、原出願に係る玉貸機と紙幣搬送機構が、同一高さでかつ水平に配置される構成とされていることは明らかであるから、作用fに係る事項は自明のことであって、この点の審決の認定判断(審決書25頁15行目~20行目)に誤りはない。
(4) 「作用g」について
原告の主張は、本件発明を構成する遊技用貸機と搬送装置という本来は独立した装置部分を、各々の入替や設置すべき場所等の関係で当業者が適宜に調整を図るという当然の技術常識を理解していないことによるものである。システム装置において複数の独立した製品を一定の規則に基づいて配置するよう規律する基準を確立した構成が示された場合、これが各製品の据え付けや配置を容易にしている技術であることは、自明な事項である。したがって、審決の認定判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(容易相当性の判断の誤り)について
(1) 引用例2について
引用例2(甲第16号証)が、賞ボール貸機として硬貨を使用し、これを受け入れて搬送することを開示するものであり、同刊行物には、①複数のパチンコ機を横方向に並設してなるパチンコ機列に、硬貨を上下方向に沿う姿勢でパチンコ機列の前面側の縦長の投入口から受け入れて選別機により選別し、取込樋を通じてパチンコ機列の背面側に送り出す複数の賞ボール貸機がパチンコ機の並設方向に設けられていること、②賞ボール貸機の各々から送り出される硬貨を水平な載置面を有するベルトコンベア上に載せ、パチンコ機の並設方向に沿ってキャッシュボックスまで合流搬送する搬送装置がパチンコ機列の背面側に設けられていること、③賞ボール貸機として、硬貨を使用することに代え又はこれとともに紙幣を使用し得るようにしてもよいことが記載されていることは、前示のとおり当事者間に争いがない。
そうすると、引用例2は、遊技台列前面側の縦長の投入口において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れ、これを遊技台列背面側に送り出すこと、そのように送り出された紙幣を遊技台背面に設けられた搬送装置によって特定位置まで合流搬送すること、以上の技術的事項を開示するものということができる。
なお、被告は、引用例2に記載された実施例は紙幣を使用することができないものであり、出願当時の技術水準からすると、同刊行物に記載された紙幣を使用する場合とは、紙幣を自己収納するタイプの賞ボール貸機と解するのが限度であると主張する。しかし、引用例2記載の発明の意図が、複数の賞ボール貸機に投入された貨幣をキャッシュボックスに集めて一括回収しようとする点にある以上、受け入れた貨幣を自己収納する手段によって代替できないことは明らかであること、同刊行物の「賞ボール貸機22として硬貨を使用する場合について述べたが、これに代え又はこれと共に紙幣を使用し得るようにしても良い」(5頁右上欄17行目~20行目)との記載に照らすと、硬貨に代えて紙幣を使用し一括回収する場合についても明確に記載されているということができ、被告の上記主張は採用することができない。
(2) 引用例5について
引用例5(甲第12号証)には、①紙幣払出し機等に使用される搬送装置であって、ケース2に装入され弾圧板5で弾圧された紙幣は、吸着頭6により紙幣の方向を変えた上で、送出しローラーA1、A2間に送給され、さらにガイドG、G間に送入されて搬送体B3により、搬送体B2とB3の接触部に送り込まれ、ベルト形式の搬送体B1、B2の間に弾性的に挟まれて合流し、上方に搬送され払出台8上に送出されること、②搬送体B1、B2への合流部へ、紙幣は屈曲されて案内されることが開示されていることは当事者間に争いがない。そして、引用例5(甲第12号証)には、「本考案は紙幣の搬送装置に関する。すなわち、送出しローラーから1枚ずつくり出される紙幣を次の搬送体に受渡す構造の搬送装置を改良したものであって、例えば紙幣払出機等の紙幣の搬送部等に用いて効果がある搬送装置を提供しようとするものである。」(1頁2欄2行目~7行目)と記載されており、この記載及び同号証図面並びに前示争いのない事実によれば、引用例5記載の発明は、特定の業務に限定されない一般的な紙幣の搬送装置に関するものであって、本件発明と同様、複数の並設された紙幣の給送部分から受け入れた紙幣を「案内部」に相当するものにより屈曲させて搬送装置に合流させるとともに、搬送装置において当該紙幣を挟持して搬送する手段を開示しているというべきである。
そして、この引用例5に開示された搬送装置は、紙幣が落下しないよう搬送体により紙幣の両面を挟持して搬送するものであるから、紙幣を上方向に搬送する実施例の構成に代えて、水平方向(横方向)に搬送することを困難とするような技術的理由は認められず、本件発明のように、水平方向に搬送する場合にも適用可能であると認められ、かつ、その場合に、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢とすることも格別なものとはいえない。現に、引用例6(甲第9号証の1)に記載された銀行業務の現金一括処理システムは、払い出された紙幣を水平方向に挟持搬送するものであるが、その第1図には、紙幣を上下方向に沿う姿勢とする搬送装置と水平方向に沿う姿勢とする搬送装置とが組み合わされて記載されている。そして、紙幣を上下方向に沿う姿勢とする搬送装置は、水平方向に沿う姿勢とする搬送装置と比較して、一般的に、高さが増す一方で幅が減少することが明らかであるところ、幅の制約に基づき設置スペースを極力小さくするという課題を解決しようとするとき、当業者であれば、紙幣を上下方向に沿う姿勢とする搬送装置を選択することは、ごく自然に想到するところであり、このような選択は、設計事項にすぎないというべきである。
(3) 本件発明の構成1の容易想到性について
以上の認定に基づいて、本件発明の構成1の容易想到性について判断するに、まず、引用例2は、前示のとおり、遊技台列前面側の縦長の投入口において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れ、これを遊技台列背面側に送り出すことを実質的に開示するものである。また、引用例5の紙幣の挟持搬送装置は、前示のとおり、紙幣の上方向への搬送に限定されず水平方向にも適用できるものであって、その場合に、紙幣を上下方向に沿う姿勢で挟持搬送することも自然な設計事項であるといい得るから、本件発明の構成1が包含するすべての技術的要素は、引用例2及び同5に記載又は示唆されているというべきである。そして、このような組合せを困難とするような技術的理由も見当たらないから、当業者であれば、引用例2記載の発明を引用例5記載の発明と組み合わせて、本件発明の構成1に想到することは容易であると認められる。
この点について、被告は、引用例5記載の発明は技術分野が異なること、同刊行物には遊技設備背面のスペースを有効利用して特定位置まで合流搬送させるという技術的課題がないことから、上記の組合せに関する動機付けがない旨主張する。しかし、引用例5記載の発明が汎用的な紙幣搬送装置に関するものであることは前示のとおりであるから、技術分野の相違をいう点は、その前提において失当であるし、また、設置スペースの有効利用に係る課題を欠くとの点については、そのような一般的な課題は、当業者であれば遊技設備の設計上自明のものといえるから、当該課題の解決のために、引用例2記載の発明に引用例5の発明を組み合わせて適用することに格別の困難性があったとはいえない。
以上によれば、引用例2記載の発明に引用例5記載の発明を組み合わせることによって、本件発明の構成1は当業者において容易に想到し得るものというべきである。
(4) 本件発明の構成2の容易想到性について
引用例5記載の発明は、前示のとおり、複数の紙幣払出機の送出しローラーにより送り出された紙幣を、ガイド及び搬送体等の挟持搬送装置により特定位置まで搬送する間、その紙面が水平方向に関して左右にぶれることなく一定の位置で移動させるものと認められるから、当業者であれば、このような紙幣払出機及び挟持搬送装置を水平(横方向)に並設した場合、この送り出された紙幣が、特定位置まで挟持搬送される間、上下にぶれることなく一定の高さ位置に沿って移動するものであることは、挟持して搬送するという技術的特徴から、容易に認識できるものであると認められる。そうすると、引用例5に開示された上記技術事項を引用例2記載の発明と組み合わせて採用することにより本件発明の構成2に想到することも、当業者にとっては格別の困難性がなかったというべきである。
(5) 本件発明の作用効果について
被告は、さらに、本件発明の構成1、2に係る作用効果を考慮すれば、審決の容易想到性に係る判断は維持し得る旨主張する。しかし、審決の摘示する本件発明の作用効果、すなわち、紙幣の能率的な一括回収の実現、遊技貸機の小型化・薄型化、搬送挟持の確実性・円滑性、遊技貸機と搬送装置の据え付けの容易性等の点は、本件発明の構成1、2それ自体から当業者が予測可能なものというべきであって、それを超える格別顕著な作用効果を有するとまではいい得ないから、この点を総合考慮したとしても、上記の容易想到性の判断を左右するものではない。
(6) むすび
以上のとおりであるから、審決が、前掲各引用例に記載された事項を組み合わせたとしても、本件発明の構成1、2については予測されるものではないと認定判断した(審決書16頁17行目~17頁10行目)ことは誤りであって、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
したがって、審決は、その余の点につき判断するまでもなく、取消しを免れない。
2 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)